第3章:変化(小説「悔恨」)
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「やばいよ。庇いきれない。どうするつもりだ。」
鏡は慌てた様子で弘一朗に電話を入れた。
『そんな大事ですか?うちの金をどう使おうが自由でしょう。御社には多大な支援を頂いている。感謝していますよ。だけど、それはうちだけの話ではない。㈱ビッグ、㈱フィット、㈱SYテレコム、数えれば切りがない。御社は潤沢な資金力を武器に販売代理店網を整備し、結果を出す会社には手厚く、そうでないところは切り捨てる。そうやって何年もやってきたじゃないですか。しかも当社からの一方的な支援要請だけではない。何度も御社の無理なお願いを聞いてきましたよ。』
弘一朗は淡々と答えた。
会社設立時より、現場通達以外の重要事項は常に鏡と弘一朗で行っている。
この関係性があるからこそ、弘一朗は他二人とは違う大きな影響力を持っていた。
「今までとは違うんだ。うちの会社も大株主に大きな動きがある。より一層のコンプライアンスが求められる。ステークスホルダーに対する責任を経営陣、俺ら従業員、ひいてはお前たち取引先にも求められているんだ。」
つい先ほど、上司である株式会社イーロン 九州支社長 近藤俊哉にでも言われたのであろうセリフを鏡はスラスラと語った。
『はぁっ、で、いつです?』もう面倒くさいと言わんばかりに弘一朗は吐き捨てた。
「来週の月曜日の午後13時でどうだ?今週中に良い回答を探ろう。支社長が納得する紐づけが必要だ。」
『そんなの必要ですか?その場で丸め込みますよ。』弘一朗は不機嫌に言った。
「考えが甘いんだよ。今までのようにはいかない。うちも福岡支店から九州支社に変更になり、それに伴い前任支店長は異動、管理本部から支社長が来たんだ。やる気満々だよ。
それに、ただでさえ鏡は株式会社ニュートンスクエアさんとは浅からぬ仲だ。って勘ぐってる奴もいるんだから」
(そんなこと知るか。取引開始の経緯を考えればそう思われて当然じゃないか。むしろ支店長公認の事実だろうが。)
弘一朗は喉まで出かかった言葉を呑込み、別の厭味を返した。
『あのねぇ、会社の資金で、競走馬買うわ、息子夫婦へ新築プレゼントした挙句、金に詰まって御社に支援泣きついた会社いくつも知っていますよ。その都度御宅は助けてきたじゃないですか。』
弘一朗の言葉に鏡は爆発したように言い放った。
「だから、変わったんだよ。」
電話を切って、弘一朗は決めた。さっき喉まで出かかったあの事実、直接支社長にぶつけてやる。
こうして、支社長との面談は翌週の13時と決定した。
電話でのやり取りの後、何度も鏡と食事をしながら月曜日の対策を話し合ったが、弘一朗はどこか上の空だった。
(今ある現実をそのままぶつけよう。どうせもう、後戻りはできない。)
あの電話以降、鏡とは割り勘になった。
福岡市の中心部にあるそれは立派なオフィスビル。そのワンフロアすべてを使用した株式会社イーロンの特別応接室に弘一朗はいる。
普通では通されることのないその部屋は、いつも商談で訪れる応接室とは違った。
フロアに100名以上は居るであろうスタッフの電話応対の声も全く聞こえてこない。
弘一朗も初めて訪れる部屋である。
その特別室には弘一朗と、落ち着かない表情で前のめりの姿勢で指を交差させたままじっと動かない鏡、そして井川純二も同席していた。
以前に一度、支社長就任の挨拶で面識のある井川が居たほうがいいだろうとの鏡の判断からだ。そしてそれはこの日に限ったことではない。
同じ共同代表でありながら、どこか冷めていて人付き合いの得意でない弘一朗と、酒好きで、物腰柔らかく、誰からも警戒されることなく可愛がられる純二とは明確な作業分担が出来ていた。
経営に関する交渉や商談は弘一朗が、代理店懇親会やオーナーゴルフコンペなどには純二が参加するのがお決まりとなっていた。
もっとも今では、そのお役目は、谷中悟のものになりつつあるが。
今回の件に関して純二も当然承知していたが、俺が全部話すからという弘一朗の指示に従うようにしていた。
「どうも態々お越しいただきまして恐れ入ります。」
支社長の近藤俊哉が入室してきた。
「随分ご無沙汰しています。」株式会社イーロン第二営業室長 田中英二が続いた。
弘一朗は(腰巾着の田中が、しゃしゃり出てくるな。)田中が嫌いだ。
「いつも大変お世話になっています近藤さん、こちらは弊社の原田です。」
井川が視線をくべたところで、
『初めまして支社長、株式会社ニュートンスクエア原田でございます。この度はいろいろとお騒がせ致しているようで、このような場を頂戴いたしましてありがとうございます。田中さん、お久しぶりですね。』
田中とは目も合わせることなく弘一朗が挨拶したところで、全員着座となった。
田中「早速ですが、鏡、原田さんとのヒアリングに関して報告を。」
鏡 「はい、今回の件に関しまして、」発言の途中で近藤が割って入った。
近藤「鏡君、こうして原田さんにお越し頂いているんだ。直接ご本人からお話を伺いたい。
宜しいでしょうか原田さん。我々といたしましては、御社の今期に措ける使途不明金並びに、関係会社貸付金の詳細を把握したいと思っています。
また、二度のお手間を取らせることの無いよう、先に申し上げておきます。
今後においてもそのような資金の流失が継続されるのかという点を最重要として、お話をお聞きしたい。ご回答次第では御社とのお取引を白紙に戻すという選択肢も出てまいります。」
こちらの返答云々では無いようだ。
(もう支社長の答えは出ている?それとも始めての相手に嘗められぬよう、強めに出ているだけなのか?)
ここにきて初めて、弘一朗は焦った。
乗り切れないかもしれない・・・・・。
原田『はい。若輩者に世の中のルールをご教授頂き感謝いたします。ご承知の様に創業からわずか数年にて苦労の連続です。それに付きましては、御社もよく理解していただいていることと存じます。そうした中で、弊社は役員貸付金という形式にて、井川しかり、私しかりで個人のお金を会社に入れてまいりました。その頻度があまりに多く、法人のお金と個人のお金の区別が曖昧になっておりました。使途不明金に関しましては、今期三千万円余りと売上における比重はそこまで大きなものとは言えません。また会社に貸付けたお金を役員に返済したものであり、そのお金は私達の手元に御座います。
決算上の見栄えも考慮し、返済済みのお金を未返済として資産計上している事実があるようです。何れにしましても不正な事実があったのではなく、単純な見落とし、もっと言えば、無知が招いたものです。
これまでのお取引に影響を与えるものではないと考えます。』
元々出たとこ勝負だ。
弘一朗は表情一つ変えることなく、淀みなく答えた。
田中「返済済みの貸付金を未返済として計上することは不正ですよ。」
(出た。黙ってろ腰巾着。そんなことはすぐに修正は効く。それよりまずいのは関係会社貸付金だ。そこに突っ込まれずにこの場を乗り切りたい。)
弘一朗がそう心の中で呟いたその時だった。
近藤「そういうことですね。安心しました。こういう場ですから率直に申し上げますと、我々は御社が不正にお金を散財もしくは蓄財しているのでないかと心配しておりました。毎月幾何のご支援をさせていただいておりますことから、そうした不透明なお金の動きがありますと本社がうるさくなりましてね。いや、安心。
では、今後このような使途不明金は解消されるということでよろしいですか?」
原田『はい、ご心配をおかけ致しました。』
近藤「ところであと一つ」
(駄目だ。絶対に関係会社貸付金を指摘してくる。その金に関しては返す原資もない。それどころか、株式会社ニュートンスクエアからの資金が止まれば株式会社福岡システムは風前の灯だ。)
近藤「関係会社貸付金についてご説明頂けますか?そもそも関係会社とはなにか?代表者は?貸付金の返済は?」
(既に調べはついているのだろうに、俺の会社だ。何が悪い。お気楽なサラリーマンが偉そうに言いやがって。)
弘一朗の脳は攻撃せよと指示したようだ。先程までのやり取りの中での、株式会社イーロン側の矛盾、過去の取引における先方の弱みを瞬時に考えた。
それを感じ取ったか、はたまた自己防衛本能が働いたか、鏡が口を開いた。
鏡 「支社長、株式会社ニュートンスクエアさんも現在その部分について調査中でして、次回再度の機会を設けては如何でしょうか?」
近藤「私の話を聞いてなかったのか。次回はない。」
勝利を確信したかのように力強く言ったあとこう続けた。
近藤「しかも一週間あって調査しきれないほどの金額でもあるまい。」
(ここまであからさまに本性をさらけ出すのか?お前たちにとっては大きな金額かもしれないが、我々から見れば微微たるもんだ。しかもお前たちはその微微たる金額の責を負うことになる。)
そう近藤に言われているようで、弘一朗は体が熱くなるのを感じた。
原田『よくわかりました。支社長のお考えは決まっているようだ。関係会社は株式会社福岡システム。代表取締役は私です。株式会社ニュートンスクエアとの役員兼務は私以外ありません。資本関係もありません。全くの別会社への貸付となります。貸付残高五千万円の返済期日を決められる状態にもありません。しかも、ニュートンスクエアからの貸付がなければ、今月末にも資金ショートしてしまいます。』
近藤「原田社長の口からお聞き出来てよかった。我々の知っている情報と遜色ない様だ。
今日の事を本社に報告し、その後の対処をお伝えいたします。 が
これより先、一円でも資金流失することはありえません。大変でしょうが。」
初対面ではあったが、近藤は実にうれしそうに見えた。
弘一朗の最後の抵抗を受けるまでは。
原田『近藤さん。あなた支社長とはいえ一応社長でしょうが?これだけのヒアリングをしておいて、しかもそれほどでも無い金額で本社へ相談とは情けない。
二度目はない。この場でスッキリしましょうよ。
一つ、関係会社貸付金は今後二度と行わない。
二つ、貸付金の返済計画を提出の上、履行する。
三つ、私が責任を取って代表取締役を辞任する。
これで十分でしょう。
しかも、現行一方的に契約解除は出来ませんよ。』
近藤「なぜです?」
冷静さを取り戻した弘一朗は鏡と話した時の感情を思い出した。
そう、
(御社との取引開始の経緯を考えればそう思われて当然じゃないか。むしろ支店長公認の事実だろうが。)
である。
原田 『鏡さん、井川、席を外して頂けますか?お願いします。』
『支社長、実は御社との契約締結時にこんなことがありましてね。当時の支店長と第二営業副室長だった田中さん、あなたも同席していましたよね。』
すべての話を聞き終えたとき、田中は硬直し、近藤は田中を詰問するだけだった。
近藤「原田さん。わかりました。先程ご提示いただきました三項目をもって本件は終了したいと思います。それでは失礼いたします。」
原田『失礼いたします。』
株式会社イーロンの事務所を出て、暫く進んだ喫煙ルームに鏡と井川が待っていた。
「おい原田、いったいどうした?で、どうなったんだ?」
顔面蒼白の鏡が聞いてきた。
『どうもこうもないですよ。さっきの三項目で株式会社ニュートンスクエアは御咎めなし。今まで通りのお付き合いですよ。ただ、俺は退きますけどね。』
「大丈夫なのか?それで」本気で弘一朗の心配をしているとは思えなかったが、
『ええ、何とかなるでしょう。』
弘一朗は気丈に言った。
本当は、他に言いたいことは山ほどあった。
もっと、鏡を頼りたかった。
でも、心の内を素直に話す気にはとてもなれなかった。
『早く戻ったほうがいいですよ。支社長も田中さんもお怒りだと思いますから』
と言い残し、弘一朗は純二と共にビルを後にした。
帰り道、井川の運転するイタリア製の車の中で、
原田『あんた、結局なんもしゃべらなかったね。』
井川「社長からそう言われてたので・・・。」
原田『俺はもう駄目かもしれない。』
特別な部屋で行われた特別な会議は株式会社ニュートンスクエアと、井川純二を救った。
株式会社ニュートンスクエアは当初、井川が設立しようと発起した会社である。
サラリーマンとして通信代理事業に従事していた井川であったが、どうにも昇進、上司との人間関係に恵まれず、勢いで退社してしまった。
この先に悩んだ井川が相談した相手が、原田だった。何故なら原田は井川の勤める通信会社の直属ではないが上司にあたる存在となっていた。
しかも、一般社員と部長という立場であった。
井川から相談を受けた原田は独立を留めた。
『辞めときなよ。そうそううまくいくものじゃないって。』諭す弘一朗に
「大丈夫。お金なら十分にあるんだ。株式会社イーロンの代理店になりたいんだ。はらちゃん紹介してくれないかな。」そのようなやり取りが幾度と続いた。
毎日なり続ける純二からの電話に、弘一朗は初めて真剣に、同級生の将来をイメージしてみた。
(株式会社イーロンの代理店として、経験のある通信商材販売代理事業をやることは賛成だ。うちの会社ではその能力を発揮できなかったが、それは彼特有のやさしさのせいであろう。この会社ではやさしさは害でしかない。年齢も、学歴も、人柄さえも関係ない。売上を立て続ける人間こそが出世出来るのだ。
実際、今のポジションに居続けられるか、更なるステップを駆け上がることができるのか
弘一朗でさえ自分の置かれた状況を見通せない。
あと資金はあると言っていた。
思い起こせば、純二の実家は超の付く金持ちだ。
多少裕福な自営業などではない。町でも指折りの建設会社を経営していた。
実家が金持ちとは羨ましいかぎりだ。
自分とは無縁の環境に弘一朗は嫌気がさした。
それと同時に、なんとかなるかもしれないなぁ、よし、鏡さんを紹介しようと決めた。
鏡は弘一朗と純二が居た会社の同僚であり、先輩、上司でもあった。
この会社はその時その時で人間関係が難しい。
入社の時期や年齢など関係なし、上司と部下が月替わりに入れ替わるような目まぐるしさだ。
実際、純二と鏡は殆ど接触を持たなかったが、弘一朗と鏡は常に近いところにいた。
弘一朗が鏡の上司であることはなかったが、鏡が弘一朗の上司、また、会社的に見れば弘一朗のほうが、鏡より職格、職級が上だという期間も存在した。
その鏡は株式会社イーロンへと転職して共に数字を追う仲間を求めているという。
あくる日、純二からの電話を受けた弘一朗は鏡を紹介した。
そこからはとんとん拍子に話は進み、株式会社イーロン支店長面接の日取りが決まったという報告が純二、鏡、双方からはいった。
弘一朗はうんざりしていた。
理由は二人からの毎日の電話。
そのためか、最近は酷い頭痛が繰り返し起きる。
そして、自分の現状を冷静に考えるようになってしまった。
毎朝7時過ぎには出社し、家に戻るころには、日付は変わっている。
家といっても小さなテレビと布団が置いてある程度で、テーブルやソファー、ましてや
茶碗やコップグラスの一つもない。
勤務中は毎時間数字との戦いだ。昨日良い成果だったから今日は数字を落としてもよいということもない。
気の休まる時はなかった。
部長と云えどその上には、執行役員もいれば、取締役もいる。
兵隊なのだ。おそらくはそう、執行役員の彼らであっても・・・。社長以外は・・。
では、辛くて、きついばかりかといえば、そうではなかった。
弘一朗の管轄は東海エリアで、四つの支店を構えていた。
定期的に支店回りをしてスタッフに檄を飛ばし、問題は起きていないかと目を配る。
長距離移動は嫌いだが、県跨ぎくらいの移動は電車であれ、車であれ丁度いいリフレッシュとなる。移動日はホテルでゆっくりと眠ることができる。
一週間に一度は支店に顔を出すため、かなりの頻度で出張していることになる。
また、このエリアに弘一朗より職格上級者はいなかった。
どこの支店へ行っても自分が一番偉いのだ。
まだまだ若く、もともと大将気質の弘一朗は、それだけで悦に入った。
また、数字に追われるプレッシャーはきついものだったが、人と競い合うのは元来大好きで、その刺激に高揚している事実は否定出来なかった。
そして何より報酬が良かった。
若干26才の弘一朗の年収は、一千万円に少し届かない程で、毎日仕事漬けでお金を使う暇もない。貯金はすごい勢いで増えていた。
それまでは今後の人生を考えたことは無かった。日々が忙しすぎたからなのかもしれない。
しかし、純二の相談を受ける度、同僚だった鏡の転職先での仕事内容を聞くたび、そのうんざりは弘一朗の中で変化しようとしていた。
「久しぶりだなぁ、元気にしてる?」名古屋まで鏡が訪ねてきた。純二を従えて。
鏡「頼むよ。原田。うちの支店長も原田が一緒なら代理店契約してもいいと言っている。
しかも、破格の条件だ。うちみたいな会社が創業仕立ての会社と取引するなんて事、普通はありえないんだから。」
井川「はらちゃん助けてくれないか。力を貸してほしい。俺死ぬ気で頑張るから。給与のほうも今はらちゃんがもらってる同額は無理だけど、四十万円でどうだろうか?給与以外の部分でいろいろと手厚く付けていく。
もうはらちゃんに来てもらえないと俺八方塞がりだよ。」
二人とも随分と自分勝手なことを言うもんだ。
(原田が一緒ならって御宅の支店長とは会ったことも無いよ。どうせ鏡が過大評価な話をしているに違いない。いやそれ以外のなにかを期待している可能性もある。
井川も同じだ。
この会社にいる時から、同級生というだけでどれ程手を差し伸べてきたことか。弘一朗の管轄エリアに引き抜いて、係長まで昇進させたこともある。純二を昇進させる為にどれ程上に願い出たことか。それなのに、もういやだから辞めた?子供じゃあるまいし。
しかも四十万円でどうだろうかって年収半分になるよ。)
弘一朗は呆れ顔をみせた。
ただ実際のところ、弘一朗は大きく揺れていた。
この話に乗るか、いやこの会社に残って更なる上を目指すか。
どうする、どうしたらいい・・・・。
原田『鏡さん、株式会社イーロンで浮いているんじゃないの?今までのやり方と仕事の進め方も全然違うだろうし、毛並みのいい人たちに、鏡はちょっと強引だと思われたりしてさぁ。
それで俺巻き込んで、一つ結果出してやろうなんて思ってんだろう。』
鏡「いやいや、案外うちの会社転職組多くてさ、畑違いの人も多くて、今の支店長だって元々ホテルマンだよ。まあ、浮いているけどね。」
2人で表情の無い笑いを浮かべた。
一流企業に転職したところで、鏡は所詮は雑草だ・・・・。
この会社でも鏡は浮いていた。というより、鏡には人望がない。
人を押さえつける迫力も無ければ、この人のようになりたいと思わせる行動も取らない。
なにより太っていた。まぁ、関係ないかもしれないが。
ただ不思議と弘一朗と鏡は気が合った。
鏡は7才も年下ながら、博識で、落ち着きがあり、なにより本人に欠けている強さをもった弘一朗といることが楽しかった。
弘一朗もまた鏡といると純粋に楽しかった。
その後も雑談を交えながら二時間ほど話しあった。
弘一朗の心は鏡たちと話をした時点で、いやもっと前から決まっていたのかもしれない。
『丁度いま子会社へ移動の話が出ている。職格はあがって本部長、給与はほぼスライドだ。
その実、・・降格だ。いいタイミングかな。・・・・・・・ よし、帰るか福岡へ。』
弘一朗は照れを隠しながら言った。
「よし、決まりだ。楽しみだ。絶対にうまくいくよ。」
「ありがとう。ありがとう、はらちゃん」
2人のそれはもううれしそうな顔は今も忘れない。
それからの弘一朗の動きもまた、早かった。
移動の話を断り、退社の手続きを矢継ぎ早に行った。
途中、専務取締役から直接の留意を求められたが、今思えば、形式的なものだった。
丸々一月分はある有給消化中に、株式会社イーロン支店長との面談も済ませ、無事株式会社イーロンと株式会社ニュートンスクエアとの契約締結と成った。
鏡はお世辞の言えるタイプではない。
もともと自分が褒められることが大好きで、理想は高く、現実はそこそこにだ。
そんな鏡が、
「支店長感服していたよ。さすが原田だ。こちらも最高の条件で御社とのスタートを切るよ。
いやぁさすがだよ。さすが。いやぁ本当に楽しみだ。」相変わらず鏡は嬉しそうだ。
この時の、支店長面談での株式会社イーロン側(正確には鏡の野心から出た提案だろうが)
からの提案、契約条件が後に株式会社ニュートンスクエアを救うこととなった。
これで帰れる。 ゆっくり腰を据えて暮らせる、大好きな福岡に。
1章:ひかり
2章:友情
3章:変化
4章:親子の関係
5章:勝負
6章:破滅
7章:悟の狙い
8章:父の想い
9章:純二の視点
10章:回想
最終章:闇の真実
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