第三話 蛙(小説:モテすぎた男)

福岡小説小説:モテすぎた男
2016年11月29日 火曜日

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藤原明日香の発言により、部屋全体がざわつき出した。主催者の田村にも何が起きたのか状況が呑込めずにいたくらいだ。

藤原明日香は、谷川旬からじっと視線を外さずに見つめている。

「ありがとうございます。」ほとんど表情を変えずに谷川旬は返した。

無表情ではあるが、冷徹とは無縁の、どちらかと言えば優しささえ感じる柔らかい顔を崩すことは無い。

こういうところだ。恐らく無意識だ。

ただでさえ見た目は良いのに、こんなことをさらりとやられると女性は堪らないだろうと田村は感じた。そして、藤原明日香は何事もなかったように次の参加者へ言った。

「私の事は、タイプですか?」

「はい。とても素敵な方だと思います。」佐藤吉備は答えた。

ほとんどの参加者は佐藤吉備のような受け答えをしていた。

その中で、とても印象的だったのが、最後にエクスチェンジした近藤将彦だった。「私の事はタイプですか?」と同じように質問した藤原明日香に対して、

「いえ、あなたのような女性は好みではありません。ご自分の立場を理解なさらずに自分本位な言動を取るあなたのような方は、私にはふさわしくない。但し、私が不快だと感じる所をあなたが改めるというのであれば、私もあなたの愛を受け入れます。なおかつ、」

 

「はい、近藤さん。ここまでです。」

堪らず田村は割って入った。

「近藤さん、すごい。ほんとにすごいですよ。特定の女性には強烈に響きますよ。一瞬であなたのことを好きになるかもしれません。」

「どうでした?藤原さん。」田村から向けられたSOSを、何の打合せもしていない藤原明日香は汲み取ってくれた。

 

「ご自分をしっかり持たれていて、素敵だと思います。」

「そうです。恋の始まりとはわからないものです。一方が悪意を持って発したメッセージを、もう片方は、好意的に受け取ることもあるんです。」

「悪意などありません。私はただ、」

近藤は納得がいかないという思いを剥き出しにして割って入ったのだが、田村はそれを制した。

「わかっています。近藤さん。ただ、さっき位さっぱりとして、短く伝えることが重要です。あまり、長くなりますと逆効果ですよ。みなさんも覚えておいてくださいね。」

上手くまとめたと思っているのは田村だけの様だった。

 

近藤将彦は舌打ちをし、藤原明日香は気にも留めない様子だった。

毛利はといえば、“あほくさい、付き合いきれん”とばかりに頭を搔いた。

そして、谷川旬に刺すような視線を向けた。彼はと言うと、無意味とも思える田村の金言を、一生懸命に書き取っていた。

 

ここで一旦藤原明日香は退室した。

次の出番はフリートークが始まる2時間後だ。

それまでの時間は、田村の講演と質疑応答、そして個別のカウンセリングだ。

勿論、資格など持ち合わせていない田村であるが、そんなことは参加者も百も承知であろう。

 

「先ずは、服装です。一定の年齢に達しているとご自分が判断した場合、例え流行っていたとしても、チェックの半袖シャツは避けてください。長袖チェックシャツはまだ使い道がありますが敬遠する方が無難でしょう。
同様にストライプのシャツは危険です。ストライプラインが細い、太い、などの違いがありますが、どのジャケットと合わせるかというだけでも判断が難しく、ご自身の体格にはどちらが相応しいか等と考えるだけ余計です。

ご自身のファッションセンスに自信の無い方は、白、黒、紺、グレーの無地のTシャツで十分です。ピンクや緑、オレンジなどの原色は避けてください。

次は上着です。ジャケットならば同色、逆色を着るようにしましょう。

Tシャツが黒で、ジャケットが白というのはかなり上級者ですね。

白に黒、グレーにグレー、冒険は必要ありません。

小綺麗であることが重要です。その考えから行くと、ジーンズは危険です。

小綺麗に見えないからという事ではありません。ジーンズはお洒落過ぎて難しいからです。

丈も難しい。ダメージの入り具合も難しい。何より臍の上で履いた日には目も当てられませんし、シューズを合わせるのが難しすぎる。

ジーンズにはなんでも合うと言っているような方はセンスがある方ですので惑わされないようにしましょう。

上着に戻りますが、ゆったり目のカーディガンなどもおすすめです。

変に力が入って、フロントチャックの革ジャンなどを着るのも避けましょう。あれは上級者のアイテムなので避けましょう。

それから、これらに合わせやすいパンツはチノパンです。伸縮性のある細身のものや、ゆとりのあるタイプもありますが、その両方をうまく使い分けるのがいいと思います。

細身のタイプはローファーやスニーカーのどちらも合わせ易いですし、ゆとりのあるタイプはスニーカーだけを合わせるように決めておけば迷うことはありません。

これも年齢が高めの方だけに言えることですが、ニューバランスやナイキなどはお洒落に見せるのが逆に難しくなりますので、オールスターや、無地などの布素材で淡い色合いのものをチョイスすることをお勧めします。」

 

田村のどうでもいい講義を一心不乱にメモしているのは谷川旬だけだ。

ある程度、田村が心地よくなったところで、質疑応答の時間なのだが、毛利から提案があった。

「個別相談の時間を増やして頂きたいので、質疑応答は辞めにしてください。」

突然の毛利の提案に多少腹立たしさもあったが、全体を見渡した後、田村は答えた。

「みなさんもその方が宜しいという事でしたらそうしましょう。」

 

個別相談は五十音順に行われた。

他の者とは距離を置き、参加者のプライベートを守ることには配慮した。

 

先ずは明石慎也だ。

毛利の紹介であることは知っている。

そうであったとしても、手を抜くつもりはないし、明石慎也も真剣のようだ。

「田村さん、僕の質問はシンプルです。人は相手のどこに惹かれるものなのでしょうか?」

真っすぐな目をしてそう聞いてきた。

「明石さん、私がセミナーの冒頭で話したこと覚えていますか?」

「顔?ですか?」

「そうです。人は先ず視覚で得た情報で判断していることは間違いないと思いますよ。人によっては、その人の声に惹かれた、聴覚ですね。もしくは匂い、香水でも、体臭でもいい。

嗅覚です。僕の考えをどう思いますか?」

「そうですね。まず見た目ありきというのは如何なものかと思います。」

 

田村は大きく頷いた後で言った。

「それもそうですね。すべてはシチュエーションです。今話しているのは初めて出会う人を対象としたテーマですから、そこから逸れることなく進めていきましょう。

雑踏の中、あなたが心地よいと感じる声が聞こえてきた。または、香水が香ってきた。

あなたは、その主を探します。その時、同時にイメージしているはずです。こんな声の女性はきっとなんとかのはずだ。こんな香りの女性はまるまるのはずだと。

周りを見渡します、そして探します。何を、探しますか?」

「なにを?女性ですか?なにを探すんでしょう?」明石慎也はほんの少し憮然として聞いた。

 

「あなたの想像したイメージの人です。理想の女性です。その場合、情報は外見しかありません。」

 

田村は結果そういうことになりませんか?と諭すように締めくくった。

我ながらうまいことを言ったと感心しつつも、明石慎也の少し憮然とした表情から、納得出来る回答を出来たわけじゃないことも理解した。

 

お次は問題児君だ。

「さっきは驚きましたよ。近藤さん。」

「何がです?正直な感想を言ったまでです。それと田村さん、私は質問などありません。」

近藤将彦もまた憮然としていた。

「ご質問が無いとは予想外のお言葉でした。もう少しわかりやすくお伝えいただけると助かりますが?」

「そのままですよ。私は女性を選ぶうえで自分の中に決まったものがあります。ですから、どなたからもああしろこうしろと言われたくはないんです。」

「そうでしたか。だとすると私の講義はお役には立ちませんか?」

この手の人間には慣れている。

この手のと言うよりすべての偏屈者、屈折した考えのものはお手の物だ。

高い授業料を払って頂いているからと言って下手に煽てたりはしない。その逆に、押さえつけもしない。

「私は行政に身を置くものとして、田村さんのセミナーが地域の発展に一役買えるものであるか、まさに身をもって体験に来たんです。」

「なるほど、いろいろなご意見を賜れればありがたいのですが?」

 

田村の言葉に近藤は即答した。

「実践が足りませんね。先程の女性とのレクチャーはあれで終わりというわけではないですよね?そうだとすればあまりにお粗末だ。個人面談している最中、他の人間は参加者同士でただ雑談をしている。それではいけない。あの女性をこの部屋に戻してください。そして参加者と意見交換をさせてください。」

「それもそうですね。早速そうしましょう。」

田村の中に行政との連携と言う打算はあったのは事実だが、ここで近藤の提案を否定すれば面倒なことになることは今までの経験から分かっていた。

 

“こいつはその手の面倒くさい奴だ”

近藤将彦との面談を切り止め、別室の藤原明日香を呼んだ。

自分が個人面談している最中、藤原明日香をフリートークに放り込むのは無責任のような気もしたが仕方あるまい。

後で、しっかりとお詫びしようと思ってお願いしたのだが、以外にも藤原明日香は二つ返事で了承してくれた。

そして次の面談へと戻った。佐藤吉備だ。

佐藤吉備は年齢48歳、大手ドラッグストアチェーンの執行役員という立場で、大学時代はラガーマンとして鳴らした体育会系だ。

「佐藤さんはこれまでに結婚を意識した女性は現れなかったのですか?」

田村は質問をした。

それなりの社会的地位を確立し、引き締まった肉体を持つこの男性が今まで独身であった事実が不思議であったからだ。

「仕事、仕事の人生でした。三流大学出身ということも知らず知らずに、自分自身にプレッシャーを与えていたのかも知れません。気が付くと40代半ばになっていました。

勿論年相応に恋愛はしてきたつもりです。

でも、この年になると誰でもいいというのではなく、逆に素敵な女性と添い遂げたいと贅沢な思いを抱くようになってしまいました。」

「そうでしたか。納得しました。佐藤さんほどのお方です、きっと素晴らしい女性と結ばれることだと思います。私の講義は必ず佐藤さんの恋愛成就にお役立ちするはずです。そうなると後は素敵な女性と出会うだけということになるわけですが、意中のお相手は既にいらっしゃるのですか?」

「そこなんです。意中の相手はいなかったのですが、見つかりました。いや、見つかりましたというのがおかしいのか、意中というのが間違っているのか?田村さんちょっとよろしいですか?」

佐藤はそう言うとグッと身を寄せてきた。

発言の意図を掴めずにいた田村に、佐藤は続けた。

「今日のあの女性。藤原さんと言いましたか?あの方は」

ここまで聞いたところで田村が割って入った。

「あの子のことを気に入りましたか?以前からそうなんですが、アシスタントの女性に興味を示される参加者さんは多いんですよ。」

「いや違うんです。といいますか違わないんですが。すいません。何と言ったら良いのかとても素敵な女性だと思います。自分のようなモノが相手にしてもらえるとも思っていません。」

「佐藤さん、そんなことはありませんよ。彼女の内面はまだ全く分かっていないはずです。

ですから外見だけの話になりますが、あれくらいの容姿の女性はそうは居ないかもしれませんが佐藤さんのようなお立場の方がそこまで謙遜されることは無いと思いますよ。」

お世辞ではなく田村は思った。

セミナーのプログラムにもあるのだが、中洲の高級クラブにはあれくらいの容姿の女性は沢山ではないが、稀にいる。

そして、佐藤ほどの肩書の持ち主ならばモノに出来ないこともない。

「実はですね」

佐藤が徐に続けた。

「私はあの女性を知っています。知っているというより見たことがありますと言ったほうが正しい。そしてそのことが私に遠慮させて居ると言える。彼女はおそらく、当社の会長の愛人です。」

「えっ。」

田村は言葉に詰まった。

佐藤の勤める「グッドドラッグストア」と言えば年商4,000億円の大企業だ。

その会長とは創業者で70歳になろうかというご老人だ。

(藤原明日香かぁ、やるもんだな彼女も)

 

いろいろな考えが頭を廻っていたその時、佐藤が続けて言った。

「多分ですけどね。間違いないと思います。そして私は恐れ多くも、彼女が欲しいと考えてしまっている。協力いただけないですか田村さん?」

「出来ることはしますが、何が出来るのかわかりません。ただし、何かしらの協力はできると思いますよ。ちょっと危険な話なので後で、いや後日でも改めてお話しませんか?」

「はい。よろしくお願いします。あとくれぐれも内密にお願いします。」

そう言って佐藤は席を立った。

田村はどうかといえば、弛む口元を戻すのに必死だった。

(大儲けできるかもしれない。)

 

順番どうりであれば次は瀬尾博之の番であったが、彼は谷川旬と話が弾んでいるということで二人飛ばして三上大輔が席に座った。

有名国立大学出身で大手商社勤務45歳のバツイチだ。

「三上さん今日は私のセミナーにおこし頂いてありがとうございます。」

形式的な挨拶をした田村に対して三上は

「そんな小芝居はいらん。そんなことより夜の段取りは大丈夫なのか?」

と、ぶっきら棒に言い放った。

「三上さん多少なりとも演技はしてください。何処で誰が見ているかわからないんですから。ちゃんと計画通りにやります。安心してください。」

「わかった。それならいい。とにかくうまくやってくれ。なんとしても毛利を抱き込みたい。それが出来なかったらお前わかってるだろうな田村。」

「はい。ちゃんとやります。だけどうまくいくかどうかは三上さん次第ですよ。それ以上のことは私には責任ありませんから。」

田村は三上に頭が上がらず、毛利とのセッティングの任を受けているようだ。

三上にはなにか魂胆があるようだが、ここにいる誰もそれを知る由はない。

 

続いて席に座ったのは田村の同級生、毛利則之だ。

「どうだい?馬鹿高いセミナーのご感想は?」

「酷いよ。よくこんなセミナーに参加する人がいるもんだ。」

毛利は言葉を選ばずに言った。

「今のところはな。まぁ見てろ。セミナーが終わるころにはみんな意気揚々と帰路に着くさ。きっとお前もな。」

「ばかばかしい。まあしかし実に多彩なメンツが揃ったもんだ。」

そう言って毛利と田村は会場の人達に目を向けた。

フリートークとなった会場では其々に参加者たちが思い思いの話を繰り広げている様子だった。

話が盛り上がっているからと順番を変えた瀬尾と谷川は確かにそのように見えた。

瀬尾が身振り手振りを交えながら笑顔で話していた。

谷川もまた笑顔で頷き、何かをメモしていた。

明石と佐藤は藤原明日香と談笑していた。

なにを話しているのかまでは聞こえてこなかったが、みんな笑顔で会話は弾んでいたのだろう、少し気になったのは、近藤が少し離れたところから刺すような視線をその三人に向けていたことだ。

そして、先ほど席を立ったばかりの三上は、最年少の和田健と話をしていた。

親子ほどの年の差がある二人だったが、三上は丁寧な敬語を使っている様子で実に不釣り合いな画に見えた。

 

「で、この後はどんなスケジュールなんだ?」

「みんなで飯だ。近くの店を抑えてある。その後は中洲の高級クラブ“アマルフィ”で実践だ。」

「仲良しサークルじゃあるまいし、その上まずい飯でも食わされた日にはたまったもんじゃない。」

そう言った毛利に田村が言った。

「文句ばっかり言うんじゃないよ。ただお前の言うことももっともだ。まずい居酒屋の飯よりお前の店のほうが格段に良いよな?少しは売り上げにもなるだろうし。どっかお前の店手配付かないかい?個室で10名程度。予算は飲み放題で一人一万円ってとこだ。」

「なんとかならないこともないかもな。聞いてみるよ。」

そう言って毛利は席を立った。

 

尚も瀬尾と谷川の話は盛り上がっているようだ。

 

次に席に着いたのは和田健22歳。

今回が二回目の参加となる。

高校卒業後、父親の経営する不動産会社に勤務する肥満体形の若者だ。

「二回目ですね。前回のセミナーの後、彼女は出来ませんでしたか?」

普通に考えたら難しいだろうなとの思いから出た言葉であったが、意外な答えが返ってきた。

「それが、田村さんの教えの通りに実践していたら出来たんですよ、彼女が。しかも二人できました。あっ、二股とかではないですよ。」

「すごいじゃないですか。なのに何故また参加頂いたんですか?」

「お陰様で彼女は出来るんですが、直ぐにふられてしまうんです。なのでもう一度参加させてもらって勉強し直そうと思いまして。」

「なるほど。しかしながら彼女と長続きするためのプログラムは用意させて頂いては無いんです。明日のセミナー終了までに時間を取ってその辺を検証していきましょう。それで宜しいですか?」

「はい。よろしくお願いします。」

ニコニコと話す和田に対して、田村は一つなんとなく気になった質問をした。

「そう言えば、参加者のみなさんは其々コミュニケーションを取っているようですが、お近づきになれた方はいらっしゃいましたか?先ほどは三上さんと親しげにされていたように見えたのですが?」

「ああ、なんかうちの親父と知り合いらしくて、それで色々と気にかけて下さったようです。」

「へー。不思議な縁があるもんですね。」

そう答えた田村だったが、そんな偶然があるものだろうか?狡猾な三上さんのことだ、俺の知らない何かがあるんじゃないか?と急に不安に襲われた。

とは言えそんなことを今気にしていても仕方ない、そもそも三上さんに何か魂胆があるなら必ず知らせてくる筈だ。そう切り替えて次の参加者へ向かった。

 

依然として瀬尾と谷川の話は盛り上がっているようだ。

二人の間に明石までもが加わって三人で大きな声で笑いあったり、時には身を屈めて内緒の話をしているようにも見える。

 

面談を終えた和田の元には直ぐに三上が寄り添い、なにやら話し込んでいた。

一方、藤原明日香は近藤と二人きりになっていた。

その表情からあまりいい雰囲気ではないことはすぐに理解できた。

最後に部屋の隅に目を向けた時に、佐藤と話していた毛利と目が合った。

小さくOKサインを出していた。

今日の会食は毛利の店に変更だ。

 

面談が済んでいないのは瀬尾博之と谷川旬だけとなった。

依然、話は盛り上がっているようだが、二人だけ特別扱いは出来ない。

田村は少し強引に瀬尾を呼んだ。

 

「瀬尾さん、随分と盛り上がっていましたね。何をお話しになっていたのですか?」

田村のなんでもない質問に瀬尾は少し顔を強張らせて答えた。

「本当に他愛もないことです。谷川くんのようなイケメンが何故このようなセミナーに来ているのかというようなことですよ。」

田村と瀬尾は二人して、谷川旬に目を向けた。

確かにイケメンだ。

女性が放っておかないだろう。

その谷川は藤原明日香と二人きりで話をしている。

 

先ほど、瀬尾が谷川君とくん付で呼んだことが気になりながらも田村は返した。

「確かにね。モテるだろうね。見て下さいよ、藤原さんの嬉しそうな顔。あれは本気で惚れているかもしれませんね。で、谷川さんはなんて言っていたのですか?」

「なにがですか?」

なんだかソワソワして落ち着かない瀬尾に対して、田村は聞いた。

「いや、なにがって。谷川さんに聞いたのでしょう?何故このようなセミナーに参加される必要があるのかと。」

「ああ、女性との付き合い方がよく分らないらしいですよ。言い寄られてると思っていたら突然冷たくされたり、彼女が出来ても、付き合う前のような楽しさが継続しないとも言ってましたよ。私からすればなんとも贅沢な悩みですね。では、谷川君を呼んできましょうか?」

慌てて席を立とうとする瀬尾に田村は聞いた。

「瀬尾さんは宜しいのですか?」

「えっなにがです?」

「なにがって、女性と添い遂げるためのアドバイスや質問ですよ。」

田村は優しく言ったのだが、瀬尾はやはりなんだか様子がおかしい様だった。

「ああ、今は大丈夫です。少し疲れが溜まっているのかもしれません。」

 

最後に谷川旬の面談を終えて毛利のお店で食事会をと考えていた田村だったが、

「お店の都合で悪いが、今すぐ店舗に移動してもらえるか?」と毛利が言ってきた。

急な予約を入れたのは自分だ。

谷川には申し訳ないが毛利の言う通りにするしかあるまいと、席を立ち、谷川旬に事情説明に向かった時に、藤原明日香との会話が漏れ伝わってきた。

「谷川さん、カエル。私はあの時の蛙です。覚えていますか?今から13年程前のことです。」

「・・・・・」

(カエル?どういうことだ?全く意味がわからん)

混乱する田村であったが、谷川旬の返答は聞こえてこなかった。

 

そしてそのまま谷川に事の経緯を伝え、お詫びした。

谷川旬はと言えば、嫌みのない笑顔で快く承知してくれた。


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